「囲碁界で一番熱い日」名人戦リーグ最終一斉対局 挑戦者は一力遼棋聖に決定

芝野虎丸名人への挑戦者を決める名人戦リーグ最終一斉対局が7月22日に打たれ、一力遼棋聖が8戦全勝で挑戦権を獲得しました。

名人戦リーグは9人(昨年の挑戦者・井山裕太王座、一力棋聖、余正麒八段、許家元八段、山下敬吾九段、張栩九段、関航太郞九段、志田達哉八段、富士田明彦七段)総当たりで、昨年12月からスタートして全8ラウンドを戦います。

一力棋聖は6月に余正麒八段との全勝対決に勝って勢いに乗り、最終戦でも富士田明彦七段を下して、全勝で挑戦権を得ました。

去年は井山裕太王座とのプレーオフに負けて挑戦者を逃していましたので、リベンジする気持ちは格別だったでしょう。

現在、棋聖と本因坊、天元の三冠を保持している一力棋聖。ここで名人をも獲得すると囲碁界ナンバーワンの地位がより確実なものになります。その第一歩として「3年ぶりに名人戦に出られて、ほっとしています。チャレンジ精神で精一杯やっていきたい」と笑顔を見せました。

名人戦リーグは「黄金の椅子」と呼ばれています。

リーグや挑戦手合に臨むには、トーナメント戦で勝ち抜かなければなりません。トーナメントはご存じのとおり、負ければ終わり。1回戦負けなら1局しか打てません。

しかし勝ち抜いてリーグ戦に入れば、勝っても負けても(名人リーグなら)8局は打てます。

全敗してもサラリーマンの平均年収より対局料がもらえるということで、1年生活が安泰。全棋士が目指す「黄金の椅子」の所以です。

名人戦リーグは毎年4人が入れ替わります。リーグ残留している棋士以外がトーナメントで4つの椅子めがけて争います。

リーグ残留はひとつの目標ですが、今期はリーグに入ったばかりの4人、張栩九段、関航太郞九段、志田達哉八段、富士田明彦七段が無念のリーグ落ちとなりました。

この4人は最終予選のトーナメントからリーグ入りを目指すことになります。 芝野虎丸名人と一力遼棋聖の名人戦七番勝負は8月27日、芝野名人の出身地・神奈川県相模原市「杜のホールはしもと」で開幕します。

日本棋院創立100周年記念式典・祝賀会

日本棋院創立100周年記念式典が7月17日に東京都港区「ホテル・オークラ」にて多くの囲碁ファンや関係者に囲まれて盛大に行われました。

新しく理事長に就任した武宮陽光六段は「皆様に支えられて100周年を迎えることができありがたく思っています。新たな100年に向けて山積している問題をいい方向に向かえるよう努力する所存」と挨拶。祝賀会では日本サッカー協会相談役の川淵三郎氏や日本将棋連盟会長の羽生善治九段らが祝辞を述べました。

日本サッカー協会 相談役 川淵三郎氏
日本サッカー協会 相談役 川淵三郎氏

川淵三郎氏は「プロの選手で女子が対等に戦える唯一の競技」として囲碁の貴重性と重要性を語りました。

日本将棋連盟 会長 羽生善治氏

同じ100周年を迎えた日本将棋連盟会長の羽生善治九段は「江戸時代からの長いおつきあいの囲碁将棋界。海外でもマインドスポーツとして親しまれているし、日本では伝統文化として続く囲碁界はユニークな存在で、今後の可能性も感じます。AIが発展してもかわらないものとして残っていくでしょう」と話し、「末永くおつきあいを」と占めました。

王座・碁聖・井山裕太十段

囲碁棋士代表で挨拶に立った井山裕太王座は「変化の絶えない時代のなか、受け継がれた過去を大切にしつつ、柔軟に対応していくのが大事。皆で知恵をだしあって少しでもいい方向へ」と、未来へ目を向けました。

日本棋院顧問石田芳夫二十四世本因坊は中締めで、世界戦の応氏杯で決勝進出が決まった一力遼棋聖を壇上に上げるハプニングがありました。「自分自身初めての舞台で、ここからが厳しい戦いです。決勝五番勝負(8月上旬~)の応援よろしくお願いします」と一力棋聖は力尽く決意を語って大きな拍手を浴びました。

世界戦で着々と成果 井山裕太王座、上野愛咲美新人王そして一力遼棋聖

20世紀までは日本が世界ナンバーワンの地位でしたが、ここ最近は中国韓国の後塵を拝する状況でした。日本勢としては2005年、張栩九段がLG杯で優勝したのが最後で、20年近く歓喜の瞬間から遠ざかっています。

4月末から国際棋戦が次々開催されていますが、日本選手がいい感じなのです。

まず、上野愛咲美新人王が、爛柯杯2回戦でLG杯優勝経験のある謝爾豪九段(中国)に勝ってベスト8入りしたのが特筆されます。その前にも応氏杯で世界ナンバーワンを何度も獲得している朴廷桓九段(韓国)に終局数手前まで勝ちだったところからギアを上げているようです。

さらに、上野新人王は日中韓のトップ8人が総当たりのリーグ戦で競う黄竜士杯で準優勝となりました。最終日までトップで走っていただけに、準優勝という結果に、「よくやった」よりも「惜しい」「残念」という声が多かったのです。

昨年末に打たれた呉清源杯で、藤沢里菜女流本因坊が準優勝したときにも、あと一歩、という感じを受けた人が多かったので、女子はとくに世界チャンピオンに向かって着実に実力を上げています。優勝は時間の問題ではないでしょうか。

上野新人王がベスト8で破れた爛柯杯で、井山裕太王座が久しぶりにベスト4に入りました。それまで不調で、井山さん本人も代表入り辞退を考えるほどだったのですが、堂々の復活です。

そしてそして、一力遼棋聖が応氏杯準決勝で、あの、囲碁AIのアルファ碁と戦った柯潔九段(中国)を2勝1敗で破り、決勝進出を果たしました。

謝科九段(中国)との決勝戦は9~10月頃打たれるとのこと。 応氏杯は囲碁界最高の賞金で40万ドル(約6300万円)ということもあり、注目度も極めて高い。皆さんもぜひ応援していただきたいと思います。

上野愛咲美新人王 女子の世界戦「黄竜士杯」で惜しい!準優勝

上野愛咲美新人王がメジャー世界戦で準優勝!

すごいことで喜ばしいことですが、優勝する可能性も大きかっただけに、残念だったというのが正直な感想です。

「黄竜士杯」は日中韓の女性トップ棋士8人の総当たりリーグ戦による世界戦。

中国の棋戦なので中国棋士4人、韓国2人、そして日本からは藤沢里菜女流本因坊と上野愛咲美新人王が予選を勝ち抜いて代表選手として参加しました。 

上野さんは4月末の世界戦爛柯杯で、井山裕太王座を倒して世界チャンピオンになった経験のある謝爾豪九段らを破って世界中を驚かせてベスト16に入るなど、女性の枠を超えて活躍。乗りに乗っている状況で中国に乗り込みました。

6月20日から1日1局、途中1日休憩はありましたが6月27日まで毎日の対局は体力も必要だったでしょう。

全勝のいない混戦のなか、上野さんは1敗を守って最終日に。

同じ5勝1敗の周泓余七段(中国)がライバルです。両者が勝利または負けで同星になったときには、直接対決で勝っている上野さんが優勝という有利な状況でした。

しかし最終ラウンド、中国の陸敏全六段に敗れて優勝を逃しました。

一方、周泓余七段は勝ってリーグ成績6勝1敗で優勝となったのです。

本当に、あと一歩というところでした。

なお、藤沢里菜女流本因坊は3勝4敗でした。 上野さんは敗戦を反省し、必ず大きくなって戻ってきます。今後の活躍は目が離せません。大いに期待しましょう。

観戦記者のお仕事

「映画ライター」「スポーツライター」など〇〇ライターというお仕事がありますように、「囲碁ライター」という職種があります。その囲碁ライターの仕事のなかのひとつに、「観戦記」なるものを書く「観戦記者」がいます。

新聞に毎日掲載されている囲碁欄に、棋譜とともに載る文章が観戦記です。

観戦記は日本独特のもののようです。

韓国や中国では「解説記」はあるのですが、対局の背景、ちょっとした四方山話や対局者の情報などを入れ棋譜を解説しながら読み物にする「観戦記」はないとのことです。

囲碁ライターは囲碁の記事を書くのを生業とすればなれますが、観戦記者は実は狭き門でなかなかなれないのです。

棋聖戦、名人戦、王座戦などは順に読売新聞、朝日新聞、日経新聞と新聞社が主催ですので紙上に観戦記を書くことができれば観戦記者になれます。

私が担当している名人戦の観戦記者は基本的に4人です。各社ほぼそのくらいの人数で回しているので、「観戦記者」は「定員」がなにしろ人数が少ないのです。

私はたまたま、名人戦観戦記者の方が高齢で亡くなり欠員が出たことで、新聞社の囲碁担当のかたに誘っていただきました。私の次に仲間になった観戦記者も、やはり前任が突然死され欠員が出たことによります。観戦記者になるには、運、タイミングも必要なのです。

「観戦」記者というのですから、碁の対局を盤側で見ることから仕事は始まります。

対局者が入室する前から対局室でスタンバイし、対局者の様子を観察し、気づいたこと(ルーティンや持ち物、挨拶の声のトーンなど)をメモします。

対局中は対局室と検討室を行ったり来たりして、解説者に局面の状況をききながら対局者を観察します。

一番見ておかなくてはいけない大事な場面が、検討(感想戦)です。

どう考えて、その着手を選んだのか。なぜ、形勢が変動したのかなど、対局者の頭の中を探ります。疑問に思えば、直接対局者に「この手は考えましたか?」「こう打たれたらどう対応するつもりだったのですか」などと聞くこともあります。

朝10時対局開始からだいたい対局が終わるのが夜の9~10時くらい。検討を見届け、Youtube放送を終えて、日本棋院を出るときには、日付けが変わっていることもあります。 そして後日、改めて解説者に解説をきいて、執筆することになります。執筆にはだいたい数日かかります。